「お母さんのお手製」
宇山あゆみが語ると、なんともノスタルジックなのだが、これは一般的認識として多くの人の共感を得るだろうと思うテクストである。
「昔のお母さんたちは忙しい育児の合間に、可愛いこども服をたくさん縫ってくれました。その頃の既製品はボタンがとれやすかったり、縫い目がほつれやすかったり、大量生産もまだ発展段階でいろいろと問題があったようです。仕立て屋さんに頼むとどんどん体のサイズが変わるこどもたち用には不経済。そこでお母さんたちはソーイング雑誌を見ながら、近所の人達と教えあいながら、こども服を手づくりしてくれたのです。昔は花嫁修業の一環で洋裁や和裁を習う週間もあったことから、こども服を縫えるお母さんも多かったようです。」(p.103)
『夢のこども洋品店1960-70年代の子供服アルバム』
- 作者: 宇山あゆみ
- 出版社/メーカー: 河出書房新社
- 発売日: 2007/05
- メディア: 単行本
- クリック: 7回
- この商品を含むブログ (8件) を見る
語りはノスタルジックだが、要点は突いていると思う。
まず、当時は量産型の既製服の質が悪かったこと。仕立て屋は一般的だったが子ども服には贅沢だったこと。母親向けの子ども服の雑誌が普及していたこと。洋裁教室、洋裁サークルなどもたくさんあったこと。
それぞれの問題は連動していて、生産体制から言えば家庭縫製と仕立ての両立時代から既製服主流の時代への移行期だったと言えるし、縫う必然性が一番高かったのが子ども服でそのための知識や技術を共有する共同体が自然に必要となったということ。
と、見ていると「なるほど」と思ってしまうが、本当はもうちょっとつっこみたいところ。当然、戦後の専業主婦の増大や女性の家庭回帰現象、職住分離、戦後の物資供給状況の回復、戦争文化からの解放などなど、洋裁文化が花開くための条件は多々あろう。
それにしても宇山あゆみ氏…面白い。