糸・布・針を読む

自分は縫わないけど、縫ったり織ったりすることを考える・・・読書や調査の記録(基本は自分の勉強メモ)

2013-05-01から1ヶ月間の記事一覧

生命の布「ボド」―「座産」

田中忠三郎『物には心がある。 消えゆく生活道具と作り手の思いに魅せられた人生』(アミューズ エデュテインメント、2009年)より。(pp.166-169) 青森では、麻布や木綿布を継ぎ足した小布を「ボド」「ボドコ」と呼び、擦り切れて弱くなった所に継ぎ足す小…

田中忠三郎の母の刺し子

田中忠三郎の『物には心がある。 消えゆく生活道具と作り手の思いに魅せられた人生』(アミューズ エデュテインメント、2009年)から。 田中の母の刺し子についての文章「布を切るのは肉を切るのと同じこと」はとても重い。(pp.162-165) 「私の手元には今…

「下北にアイヌの人々が暮らしていた裏付け」

田中忠三郎の『物には心がある。 消えゆく生活道具と作り手の思いに魅せられた人生』(アミューズ エデュテインメント、2009年)の続き。「下北にアイヌの人々が暮らしていた裏付け」(pp.118-119) 「川内町の山麓に「隠れ里」と呼ばれた集落があって、明治…

「下北でおられていた「厚司」」にたどり着く」

同じく田中忠三郎の『物には心がある。 消えゆく生活道具と作り手の思いに魅せられた人生』(アミューズ エデュテインメント、2009年)より。(pp.108-111) 厚司に出会った田中忠三郎は町の古老たちにアイヌについて訪ね歩いたという。 「かつて川内川の上…

「アイヌ「厚司」に惹かれて」

青森市教育委員会には、多くのアイヌの布資料が所蔵されているという。まだ拝見したことがないが、その多くは旧稽古館という歴史民俗展示館にあったもので、2006年に稽古館が閉館されたため教育委員会に収められているということである。 ここの館長を務めて…

當麻寺―極楽浄土へのあこがれ―

6月2日まで奈良国立博物館で開催中の「當麻寺―極楽浄土へのあこがれ―」展を拝見した。 當麻寺は、奈良の葛城市にあり、本尊綴織當麻曼荼羅と當麻曼荼羅を現出させたとされる中将姫伝説が残るお寺で、糸や布に関わる人や女性の信仰に関わる土地でもある。とい…

アイヌの紋様の継承など

小川早苗『アイヌ民族もんよう集』でアイヌ文様について興味深い記述があった。 アイヌ民族もんよう集―刺しゅうの刺し方・裁ち方の世界作者: 小川早苗出版社/メーカー: かりん舎発売日: 2010/06メディア: 大型本購入: 1人 クリック: 2回この商品を含むブログ…

アイヌ民族の少女の躾・・・

小川早苗『アイヌ民族もんよう集』に次のような文章が出てくる。千歳地方で語られているユカラの一節だということ。母親の子育て(縫い物のさせ方)らしい。 アイヌ民族もんよう集―刺しゅうの刺し方・裁ち方の世界作者: 小川早苗出版社/メーカー: かりん舎発…

アイヌ工芸―祈りの文様

現在、東京駒場の日本民芸館で開催中の「アイヌ工芸―祈りの文様」展を拝見した。 http://www.mingeikan.or.jp/events/ 柳宗悦は日本民藝館創立から5 年目の1941 年9 月、アイヌ工芸の蒐集・研究家の杉山壽栄男の協力を得て、アイヌ工藝文化展を開催したとさ…

ヴェルディエの「裁縫女」―ピエースとマルケット

(つづき) ミノの学校では少女たちは卒業課題としてピエースとマルケットを作成したという。 ピエースは一枚の布の端から端まで裁縫の主な縫い目を刺したもので、様々な縫製の技法を集積したものだという。たぶん縫い方のサンプラーのようなものだと思う。…

ヴェルディエの「裁縫女」―学校の裁縫教育

(つづき) 牧場での編物と並行して、ミノの学校教育の中で、少女たちは裁縫を習った(というが、こりゃ徹底した手仕事教育だ・・・と私はだんだん嫌な気分になっている)。 19世紀末から20世紀初頭の教育学者たちは「裁縫の授業は、女子教育、あらゆる女子…

ヴェルディエの「裁縫女」―編物と牧場

(・・・つづき) ミノという地域では男女共に学校より牧場へ行くことが、子どもたちにとって重要かつ教育的だったという。大人になっても、ずっとこの土地で生きていく者にとって、学校とは読み・書きを教えてくれれば良い場であって、それ以上の知恵は牧場…

ヴェルディエの「裁縫女」

ちょっとベーシックな女性労働研究。イヴォンヌ・ベルディエ『女のフィジオロジー 洗濯女・裁縫女・料理女』という本がある。フランス、ブルゴーニュ地方のミノという小さな村の人々の様子を描いている。 女のフィジオロジー―洗濯女・裁縫女・料理女 (1985年…

信玄袋

手芸の話から少しそれるかもしれないけれど、『明治文化史』でちょっと気になったのが、「信玄袋」の話題。 明治文化史〈第13巻〉風俗 (1979年)作者: 開国百年記念文化事業会出版社/メーカー: 原書房発売日: 1979/04メディア: ?この商品を含むブログを見る …

娘組

『明治文化史』第13巻を一通りチェックしてしまうつもりが、あちこち関心が飛んでしまって、なかなか最後まで行き着けないので、ここからまとめて・・・。 明治文化史〈第13巻〉風俗 (1979年)作者: 開国百年記念文化事業会出版社/メーカー: 原書房発売日: 19…

「アプリケ芸術」という語り

ちょうど、アップリケ作家・宮脇綾子について調べている中で、過去の図録の中に切畑健が書いた文章があったので取り上げたい。 アプリケ芸術50年?宮脇綾子遺作展 (1997年)作者: 朝日新聞社出版社/メーカー: 朝日新聞社発売日: 1997メディア: 大型本この商品…

近江家政塾の手芸展

近江家政塾は、1934(昭和9)年2月から、月曜日は手芸一般(おそらく洋裁を含む)、金曜日は料理が教えられていたようである。 1935年3月末には、生徒の成果作品を中心とした手芸展が開かれたという。内容的には、レース、刺繍、クッション、編物等が展覧さ…

近江家政塾

西洋文化の一部として手芸や洋裁が定着していく過程には、西洋人女性宣教師やミッションスクールの女性教師たち、さらには日本人のクリスチャン女性たちが深く関わってきた。このことを詳しく書いているのが川崎衿子『蒔かれた「西洋の種」』で、この中で近…

毛糸編物の普及

明治の手芸ブーム・・・もう少し詳細にみておくと以下のとおり。 『明治生活調査報告』によれば、家庭で毛糸編物を始めた早い例は、 明治11.12年、群馬県高崎市と福井県今立郡味真野村。 12~16年にかけて富山県滑川町、愛媛県宇和島、新潟県三面村。 明治も…

明治の手芸ブーム

今は手芸ブームだと言われている。1950~60年代にも、すごい手芸ブームがあった。それぞれの時代に手芸がブームになる社会的背景があるわけで、それを考えていくと人が手仕事に執着する意味などがわかるような気がする。 文献によれば、どうやら明治時代にも…

居留地の女性たち

開港と同時に外国人が日本に住むようになった明治初頭、かなり早い時期から外国人の名前は新聞などにも書かれるようになっていた。外国人男性の場合には、比較的公的な役職や仕事が残されている場合が多いが、実は外国人女性の場合、それが誰なのか知ること…