糸・布・針を読む

自分は縫わないけど、縫ったり織ったりすることを考える・・・読書や調査の記録(基本は自分の勉強メモ)

刺し子技術の一丁前

かつては刺し子の技術にも「一丁前」という基準があったという。とても興味深い。

徳永幾久『民俗服飾文化 刺し子の研究』衣生活研究会、1989年

 

東北各地で江戸時代から続いてきた藩政の影響で、地域ごとに女の一丁前の内容に変化があるそうだ。刺し子の技術の評価が、一丁前であるかどうかを決定したという事実を立証するものが、現在も山形県の農家、漁家、商家には様々な形で残っていて、刺し子の現存物も存在するという。

基本的には、手の技術の問題だけではなく、男の一丁前を補助し、仕事を激励し、息子の仕事成就を祈願するための力量として、この程度のものが必要・・・という基準らしい。(なんだか今の女性役割と変わらない気もするが・・・)

 

山形県の庄内では昔、嫁に行く時、足袋まで持参できるのは良家の娘であって、農家では足袋も履けなかったが、正月に姑から一足あてがわれ、それを長く履き続けるために補強の刺しをしておかねばならなかった。貧しければ貧しいほど、繕い刺しの技術は重要だということだ。

足袋刺し技術に「一丁前」の評価が関係することは、当時の仲人によって強化されていったという。仲人たちは、娘のいる家を回り3足の足袋や刺し子襦袢を確かめて娘の品定めをした。娘としての資格は3足の足袋が合格すると一丁前と判断されたのだ。

同じく、男子は農民の手工芸である藁仕事で判断されたという。ぞうり、わらじ、ハバキ、バンドリの順に教えられた。

「息子・娘共に手技の優れたものが結婚すれば、頭のよい子が生まれ、百姓にならずにすんだので、百姓の妻女たちは子供たちの立世を願い、農夫婦自ら、子供の教育に藁仕事や刺し子をさせたといわれている。」(p.72)

 

なるほど「一丁前」という仕組みは、ひとつの成長の目標として地域の教育や婚姻制度を大きく規定していたことがわかる。しかも、それが裁縫と藁仕事だったということがジェンダー規範として面白い。