田中忠三郎の母の刺し子
田中忠三郎の『物には心がある。 消えゆく生活道具と作り手の思いに魅せられた人生』(アミューズ エデュテインメント、2009年)から。
田中の母の刺し子についての文章「布を切るのは肉を切るのと同じこと」はとても重い。(pp.162-165)
「私の手元には今でも、そのときに母が遺してくれた二枚の「綴れ」(刺し子)がある。「刺し子」は、布地を二枚合わせて全体に針目を刺し綴ったもので、縫うのに手間がかかる。働き者だった父のために、母が心を込めて縫ったものである。
母が亡くなっても、私に引き継がれた生命があった。想いがあった。
その母をこの世に生み出した祖母も布をとても大切にする人だった。私が幼い頃にいたずらに布にはさみを入れると、厳しい顔で「肉を切るのと同じことだ」と叱った。
それほどに衣と布は、人間にとって大切でかけがえのないものなのである。
布には生命があり、祈りが込められていた。」(p.165)
この言葉の真意は、きっと実際に田中忠三郎が集めてきた刺し子を見てみないとわからないと思う。どれほどの厚みで、どれほどの針目で、布を重ね縫い続けていたのか、実物を見れば痛いほどわかると思う。
東京浅草のアミューズミュージアムで見ることができる。