糸・布・針を読む

自分は縫わないけど、縫ったり織ったりすることを考える・・・読書や調査の記録(基本は自分の勉強メモ)

ミシン教育の導入

今ではどこの小学校の家庭科室にも必ずあるミシン。私が小学生の時代にはすでに電動ミシンが揃っていたが、家庭科室の片隅には足踏みミシンがあったのを覚えている。

手縫いが当たり前だった時代、ミシンという舶来かつ高価な機械を教育に導入することはなかなか難しかったようだ。しかし、逆に新しい技術を学べる環境を生み出すことで、他の女学校との差別化ができ、学校の特色を出すこともできたはず。

 

最初にミシンを導入した女学校は和洋裁縫女学校だという。

「学校教育にミシンを取扱った例は、明治の終りになっても非常に少なく、職業学校として麹町にある和洋裁縫女学校(現今の和洋女子大学)が洋裁を特色として和裁もかねて教育したことが注目される。また麹町有楽町のシンガーミシン裁縫女学院が、独立自営のためのミシン裁縫校として開校したのは一九〇七年(明治四十年)九月で、シンガーミシンが初めて輸入されてから六年後のことである(『明治事物起源』)然しながらミシン洋裁の全国的な普及は太平洋戦争後のことであった。」(p.49)

明治文化史〈第12巻〉生活 (1979年)

明治文化史〈第12巻〉生活 (1979年)

 

ここにある「シンガーミシン裁縫女学院」については、最近どこかでご発表をお聞きした記憶があるのだが、すぐに資料が見つからず・・・。ミシンという商品を売るためには、ミシンを使えるようになってもらわねばならないわけだから、その便利さを知らせ、技術を習得させれば、いずれは購入の機会を得ることもできる・・・という感じだろうか。

日本ではシンガーミシンの普及の過程はいろいろと興味深いものがある。資料を見つけたら・・・また、改めて書く事に。